オルタナティブなカルチャーライフについて綴ります。


by megumi_mh

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微笑みが足りないときは

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笑いがよいホルモンの分泌を促がすことは
科学的にも証明されているけれど、
日々、過ごしていると、知らず知らずのうちにしかめ面になりがち。

「ああ、いかんなあ」と思ったときは、
額のシワを伸ばし、口角を上げるようにしている。

さらにスーパーナチュラルズの「Smile」を口ずさめば、パーフェクト(?)
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by megumi_mh | 2011-10-24 06:22 | 音楽

説明不能なファン心理

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この間、下北沢のレコファンで、
ピールアウトのインディーズ時代の1stアルバム
『Here, Not Somewhere』が売られているのを見つけた。

外のワゴンにて100円で売られているところを見ると、
ファンとしてあまり喜ぶべきではないのかもしれないけれど、
平置きされているからには、店員さんのオススメであるはず。

「そうでしょ、そうでしょ、このアルバムいいでしょ」って
自分がつくったわけでもないのに、
ちょっぴり嬉しくなってしまった。

このCD、だれの手に渡るのかなあ。
いい出合いが待っているといいのになあ。


音源:GOD KNOWS I'M PROBABLY A SIN
映像だとライブバージョンでも、
ガラス一枚挟んで聴くみたいになんだか遠い……。
でも、一緒にライブハウスに通った友だちとか思い出して、懐かしい。
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by megumi_mh | 2011-10-22 18:29 | 音楽

月夜のボタン

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詩人、中原中也の作品に「月夜の浜辺」というものがある。

月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に 落ちてゐた。


という書き出しのヤツ。

そして、このブログを書いていると、ふと高校の教科書に載っていた
その詩を思い出すことがある。

「きょうは何を書こうかな?」と頭の中をひっくり返し、
出てくるのは、お金になるでもない、
音楽や映画、本にまつわる記憶の断片。

それを拾って、役立てようと
僕は思ったわけでもないが
なぜだかそれを捨てるに忍びず
僕はそれを、袂に入れた


「私の記憶って、まさしくこんな風に、
役立てようと思わずに、拾い集めたものだよなあ」と。

そして、役に立たない記憶の断片を一つひとつ眺めるたびに、
中也の詩の最後のフレーズに納得する。

月夜の晩に 拾ったボタンは
指先に沁み、心に沁みた。
月夜の晩に、拾ったボタンは
どうしてそれが、捨てられようか?



なんか、中也とは関係ないけど、ボタンつながりで、
久しぶりにマニー・マークの「Push the Button」が聴きたくなった。

写真:中目黒にあるボタン専門店。
本当にいろんな種類のボタンがあるのだなと、驚かされる。
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by megumi_mh | 2011-10-17 21:16 | 音楽
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よくヨガをやっている人が、「大地との一体感を感じた」とか、
哲学的なことを言っているのを見聞きして、
正直なところ、ずっと「何のこっちゃ」と思っていた。

が、しかし、自分も最近ヨガを始めてみて、
深い呼吸を続けながら、一連のポーズをとり、体をほぐしていくうちに、
「もしかしたら、これがその一体感なのかな?」
と思う瞬間が何度か出てきた。

その感覚を言葉でうまく説明する自信はないのだけれど、
簡単に言うと、自分から離れて、
より大きなパースペクティブを持つという感じかもしれない。

宇宙的な視野で、自分という存在を眺めてみると、
そのあまりの小ささに改めてびっくりする。

そして、そんなちっぽけな存在が抱える悩みや不安も、
当然のごとくちっぽけで、
まるで広い広い砂浜で、ほかの粒にまぎれて
埋もれてしまいそうな砂粒のように感じられる。

自分の存在がちっぽけなように、
自分を襲う負の要素もちっぽけならば、
何物にも揺るぐ必要はない。

そう感じたときに、自然と頭の中に流れてきたのが、
ビートルズの「Across the Universe」。

そしてNothing's gonna change my world.
という歌詞に、改めて深くうなづいた。

写真:12月8日の0時ごろに、セントラルパークにて撮影した
Imagineの記念碑。
いまから考えると、結構危険なことをしていたような……。
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by megumi_mh | 2011-10-10 18:16 | 音楽
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身長制限に引っかかって、
ジェットコースターに乗れなかったジョシュ少年。
彼は遊園地内にあった願いを叶えるマシーンに、大人にしてくれと懇願する。
そして翌朝起きてみたら、本当に成人男性の体になっていた!

しかし、体は大人でも、頭の中は子どもまま。
家族には自分だと信じてもらえず、家を出る羽目に。
一時はどうなるかと思ったものの、その後
子ども独自の感性が活きる、おもちゃ会社に就職。
次々とヒット商品を飛ばして、
あれよあれよという間に昇進していく。

しかし、社会生活にもまれ、
頭の中まで大人になってしまったジョシュ少年。
子どもの心をとらえる商品を生み出すことができなくなり……。

というのは1988年に制作された、トム・ハンクス主演の映画
『ビッグ』のあらすじ。

子どものときにこの映画を観て、
大人になったら知らないうちに、自分もある種の輝きを失うかもしれない、
と漠然とした不安を抱いたのを覚えている。

しかし、多くの大人がそうした事態に陥りやすいからといって、
すべての大人がそうだとは限らない。

そのいい例がおそらく一昨日、他界した
アップルのCEOスティーブ・ジョブズ。

彼がアップルやピクサーで何を成し遂げたのか、よくは知らなくても、
スタンフォード大学で行われたスピーチを聞けば、
彼が目を輝かせ、情熱を燃やしながら生き抜いた
56年間の人生が垣間見える。
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by megumi_mh | 2011-10-07 19:38 | 映画

東京公園

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人は自分にとってかけがえのない人のことを、
どれだけきちんと見つめられているのだろうか。

あるいは、見つめていても、
「自分はだまされているだけかもしれない」と頭でっかちに考えて、
目にしたり感じたりした相手の優しさを、
否定して回ってはいないだろうか。

相手との関係をなんとなく表層でごまかしたり、
相手が信じられなくなったりしているとしたら、
そんな問いかけをしてみるといいかもしれない。

そして、「自分たちの関係はこうあるべき」とか
「出し抜かれてたまるか」とかいう
つまらない考えに目を曇らせることをやめて、
自分と相手が感じていることを、
じっくりと見つめ、素直に受け止めてやればいい。

それができている限り、相手との関係は温かいものであるはず。
恋人だとか夫婦だとか兄弟だとか友人だとか、
相手との関係を表現する呼称なんて、あまり重要ではない。

青山真治監督の『東京公園』を観た翌日、
少し時間がたってから、ふとそんな考えが降りてきた。

写真:近所の公園で撮影した、子どもの落書き。
もう子どもの姿はなかったけど、
たしかにだれかがここで遊んでいた証拠。
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by megumi_mh | 2011-10-05 15:33 | 映画

定点観測

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最近、ヨガを始めたおかげで、
自分の体の状態をじっくりと観察する機会が増えた。
まるで自分の体を定点観測しているようなものだな、と感じる。

筋肉の張りや股関節の調子など体はたえず変化していて、
1日たりとて同じということがない。
ささやかではあるけれど、毎回ある種の驚きを感じる。


そして少々話は飛ぶけれど、定点観測といって個人的に思い出すのが、
作家のポール・オースターが脚本を執筆した映画『スモーク』だ。

この映画には、ハーヴェイ・カイテル演じる煙草屋の店主が、
何年にもわたって1日も欠かさず、同じ時間に店の前にカメラを置き、
通り過ぎる人々を撮影し続けるというエピソードが盛り込まれている。

たしか煙草屋の店主はオギー・レンという名で、
彼が「写真を撮らなきゃいけないから、旅行にも行けやしない」
などと言いながらアルバムを広げるシーンがあったと思う。

そうして撮影された写真を愛おしそうに指でなぞり、
日々変化するブルックリンの街や人を振り返っていた。
そのときの彼の表情がやさしくて、とても好きだったんだ。
彼も日々の小さな変化に驚きを感じていた人物のひとりなのかもしれない。

と、こんなことを書いたものの、ずいぶん昔に観た映画なので、
本当にそんなシーンがあったのか、記憶が定かではない。

でも、実際にそういうシーンがあったのか、
ディテールが合っているのかどうかよりも、
「そういうシーンがあったはずだ」と感じたことのほうが、
重要なんじゃないかな、といまは思う。

写真:自宅アパートの屋上からよく東京タワーを撮影する。
いまは向かって左手にスカイツリーが見えるんだよね。
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by megumi_mh | 2011-10-03 21:05 | 映画